レイシとアガリクスの健康食品販売実績35年パワフルスマイル

パワフル健康食品株式会社創立者
中田福佳(なかだふくよし)プロフィール

中田福佳(なかだふくよし) 
昭和24年9月15日長野県上水内郡信濃町生 
長野県農業大学校44年卒業、法政大学法学部54年卒業 
【学生時代に好きだった本】  公害関係、添加物関係、他、武道関係本 
【社会人になって読んでた本】  まんが、精神修養的な本 
【今のバイブル本】   中村天風の著書多数 
【学生時代の趣味】 空手、登山 
【今の趣味】 体を動かす事。宇宙を考える事。

 

健康に貢献出来ることをやりたい!!
と会社を立ち上げたことは聞いたことあるけれど 社長(父)はどんな子供でどういう出逢いで 霊芝とアガリクスの中でも姫マツタケに 出逢ったのか 改めてインタビューしながら聞いてみました。

緑文字 中田福佳社長
黒文字 中田やえ子 

 

 

【いたずらっ子の子ども時代】

社長って幼少時代はどんなお子さんだったんですか?

 身体が細くって神経質で虚弱。 

え!虚弱?今はこんなにピンピンだから想像できないですね!

なんだけど、近所のガキ大将で野山の中で駆け巡ってたんだよ。 いたずら大好きで、時には舎弟と一緒にリンゴの木を丸坊主にしたことも。

いたずら好き。。。。私、引き継いじゃいましたね(笑)
りんごの木を丸坊主まではしたことないけど(汗)

そんな自分が中学になってからは悪ガキから一転、評判のいい子になったんだよな。

それはなぜ?

なんとなく遊びつくしたから。

(苦笑) 学生時代はどんなふうに過ごしていたのですか?

高校は吹奏楽部、山に憧れを持ち始めて登山を始めたり。
でも同時に空手にも興味が出て空手が人生の一部となってる。

たしかに!
お父さん=空手ってイメージがあるくらい
いつも黒帯の道着きて外で形していた記憶ありますもん。

専門学校では全寮制だったから農学と遊びを満喫。そこでは寮一派のいたずら者だった。

いたずら精神復活ですね!!

その後、大学へ。働きながら5年で卒業。とにかく我ながらよく勉強したな。
空手も同じように一生懸命取り組んでた。

【キノコの技術指導員から、キノコの研究へ】

社会人になってからはどういうことをしていたのですか?

13年間、農業指導員で、とにかく研究が大好きで 特にキノコに興味を強く持っていて指導員時代の後半はキノコの技術指導に当たっていた。
同じように空手生活も続けていたよ。

32歳で会社をたちあげたきっかけは?

卒業論文の指導教官が赤色2号の危険物の裁判で有名な伊藤先生だったから
化学添加物や農薬、化学肥料の弊害や、当時、公害が大問題になっていたから 伊藤先生の化学物質の人体に与える悪影響に対する姿勢に感化されたんだ。

それで自然食品や健康食品普及の道に入ったんだ。
当時は有害食品添加物の権勢であった郡司篤考先生との出会いも大きく影響したんだ。

【霊芝との出逢い】

30数年前に、当時京都大学の直井先生が世界ではじめて霊芝の大量人工栽培に成功された事から 以前より知っていたんだ。
霊芝の栽培を直井先生の御指導と直井菌の供給を受けて没頭した。
その後、薬理研究を中心に東京大学のの林学部の善本先生との出逢いをきっかけに 本格的な霊芝only人生が始まった。

もともと25歳のころに患っていた、若年性高血圧と境界型高血糖症を
霊芝を飲んで克服したことがその後の霊芝の普及情熱に拍車をかけたんだよ。

え!?それははじめて知ったです。。。
それはどうやってわかったの?
だってそういうのって目に見えないし自覚症状ないんですよね?

健康診断でだよ。

その当時からあったんだ。。。。大事だね。健康診断。
そっかお父さん自身が霊芝で救われていたんだね。
一緒なんだ!!
やっぱり親子だね^^
その想いがこうやって一つの会社を興して  
たーっくさんの人の健康に貢献してるって本当にすごいことです!!

姫マツタケ(アガリクス)との出逢いは?

ブラジル原産の強い薬効を持つヒメマツタケの人工栽培が三重大学薬学部の 岩出博士により成功したことと、高い効用の確認が三重大学医学部の伊藤博士等が確認と言う ニュースが流れてみたんだ。
今から25年位前。
当時は栽培に興味を持っていたけどコストが高くてリスクが大きいとわかって 販売と薬効の研究に入ったのがきっかけ。

【医療では立ち向かえない現実にふたつの茸が救世主になるのでは】

なぜ霊芝の健康食品を作ろうと思ったのですか?

自分の病を克服できたことと、自然界のものと思えない様な不思議なエネルギーを 感じる茸だったから。
とにかく飲んでいれば誰もが健康を維持出来るという想いが高じたんだ。

姫マツタケはなぜ作ろうと思ったんですか?

癌患者が年々増えて、医療では立ち向かえない現実に ふたつの茸が救世主になるのではないかという想い。
それだけ研究成果が出ていたからこそ自信があった。

【人の喜びを見て、本心良心の喜びを味わう】

会社、お客様、個人の目標やこれからについて思っていることは?

社会に貢献しつつ、社員及び家族を守る義務と責任がある。
これを絶対忘れては会社は長く存続できない。
お客様の健康維持はもちろん、助からない人ももしかしたら 自分の商品で助かる可能性もある。
だから、可能性を信じて、一人でも多くの人に勧めることがこの会社の使命と思っている。
人の喜びを見て、本心良心の喜びを味わう事が人情の一番の幸福である。

おじいちゃんとお父さん、二人が生きていたらどんな話や報告をしますか?

二人とも大変な苦労をしてきたんだなって思う。
親父は早く宇宙の根元に帰られたので、一番苦労掛けたから、兎に角、親孝行して好きなことさせてあげたい。
祖父には会社作ってから、監査役として心配ばかりかけてきたから、 何も心配いらないから安心するように伝えたい。

 

最後の祖父たちへの気持ちももっともっといっぱいあるだろうけど これ以上は私自身が聞けなかった。
父のお父さん、私の祖父は父が33歳の時に突然死。
曽祖父はなんと99歳まで元気いっぱいでした。
二人とも信濃町のためにたくさんの活動をしていたようです。

【父の作った健康食品に感謝】

独立して間もなく父親が他界した父の心情は計りしれません。
うまれたばかりの私、8人の家族を養わなければならなかったから。
この短い言葉だけで これだけで胸がいっぱいになってしまいました。。。。。

私もお父さんの作った健康食品のおかげで 可愛い服きれたり、思いっきり仕事できたり お客様と話をして応援までもらったり たくさんの学びと幸せをもらっています。

私自身もこれからも父の背中を追いかけながら 想いも一緒に受け継ぎながら会社の皆さんとも一緒に 茸の可能性を伝えていきたい。
一緒に喜んでいただける健康食品を作っていきたいと思います。 

>>中田やえ子のセキララプロフィールページはこちら

公開日:   最終更新日:2015/07/17

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